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徒然なるままに 

日常に感じたことを徒然なるままに書いてます

「幸せの配達人」

 

今日とてもうれしかったこと。

大好きな友人が作ったオリジナルCDを なかなか会えない

友達に近くお渡しするねと伝えたら 朝からハッピーな気分になりました。

貴女は幸せの配達人ですねといわれました。

私が何気にしたことは 彼女に優しさとして届きました。

それはきっと 彼女の受け取り方が素敵だったから。

私は・・辛い時、どん底の時、自分で這い上がる方法を知っているし

経験しています。その時沢山の人に支えてもらったので

会いに来てくれる人や困った人にはすべての経験が役に立つなら

恩返しのような気持ち。

 

今人生で辛い人には「世界は私に優しい」ってつぶやいてみてっていいます。

幸せになるのはすごく簡単。

手が動く、ご飯がおいしく食べられる、

温かい布団で朝までぐっすり眠れる、お茶をする友がいる

「当たり前の反対は感謝」

 

いまこの瞬間 幸せって感じられることが幸せ!

ざわざわ感

私が感じるこのざわざわ感ってなんだろう。

胸騒ぎでもないし 感覚なのだけど・・

 

その感覚 大事にしたい。

きっと 内側からのメッセージが役立つ日がくるから。

 

考えるより感じるを大切にしていこう。

心地よく感じるフィット感と ざわざわ感の違いを大事に大切に。

ざわざわ感がわかるから コンフォートゾーンであるフィット感もわかるのかな?

 

好き、心地いいを大事にしていきたい。

音×楽×人

 

改めて 音楽って素晴らしい。

言葉もいらないし 共通の音楽があるだけで

言葉が通じなくても笑顔と音楽で人は仲良くなれるもの。

音楽の良さを教えてくれたのは 世代も育った環境も

違う青年でした。彼のお陰で音楽の良さや深さを知れたと思うと

素敵な出会いに感謝でいっぱい。

 

最近は もっとこう思う。

スキルもツールも外見も第一印象も大事だけど

本当に大切なものは心じゃないかって。

 

これからAI(人工知能)が伸びてくると同じように伸びくるのが

心の教育。

 

「目の前の人を受け止める心、応援する心、わかってあげる心、大丈夫だよって

思う心、何よりそのまま〇なんだよ、君はという慈愛の心」

 

皆の中の「そのままで〇」スイッチを押す機会が増えたら

世の中愛であふれるのに♡

 

そんな人たちとつながるイベント これからもしていきたいなあと思います。

人前で話すことが苦手なあなたへ

 

セミナーや講演会、イベント等 最近 人前で話すのが苦手だったり

少人数だったら緊張しない、だけど、自分の思いや活動を知ってもらいたい。

緊張してうまく話せないという方が多いので すこし私の経験を話させてもらいます。

 

私は人前でよく話します。イベントもよく企画します。

大人数が決して 得意なわけではないけど 企画したら参加する人の喜ぶ

顔を見るのが単純に好きだからです。また自分を通じていろんな人がつながる瞬間や

仕事やプライベートで仲良くなっていくのが嬉しいからです。

 

幼い頃はクラスの学級委員はするけど 立候補して選挙に出るのは苦手な女の子でした。今思えば 世界がそこしかなく、自分の事を知らない人にアピールして ジャッジされるのが怖かったからだと思います。

 

講演やイベントで「あなたは何を伝えたいですか?」

緊張する理由は「うまく話せなかったらどうしよう」「間違えたらどうしよう」

「すべったらどうしよう」「笑われたらどうしよう」など意識が自分に向いています。

 

だけど私たちはほとんどがプロの司会者でもないし、アナウンサーでもありません。

あなたがうまく話すことを 来てくれる人は正直期待していません。

誰かの前で話すということは ○○ということを伝えたい人なのだと思います。

つまりメッセーンジャーですね。

「自分の経験を通して 子供たちに夢を与えたい」

「働くことがつまらないと思っている大学生に働く楽しさを伝えたい」

「漢方ハーブの知識や経験を通じて困っている女性を助けたい」

「おいしい食事を提供することで 家族のだんらんを伝えたい」とか

人は自分の経験を誰かに喜んでもらうことがうれしい生き物なのだと思います。

 

誰でも初めてがあります。初めてのことは緊張します。

だから 根底に適度な緊張はあって当然ですが 

過度な緊張をしている暇はありません。

だって その場に時間とお金を使ってきてくれる人たちに 自分の想いを伝えて

行動に移したり 実践してもらうことの方が大切だから。

 

そんな時は 意識が自分に向いていないから緊張する暇がありません。

目の前にいる想いを伝えたい

大切な人たちがいるだけです。その人たちに どう感じてもらうか

来てよかったって喜んでもらえるかを想像するほうがワクワクしますね(^_-)

来てくれた方に感謝を忘れずに新しいことは どんどんチャレンジしたら

いいと思います(^_-)-☆ セミナーを控えている友人にエールを込めて。

「すごい人」

すごいってなんだろう・・・

たまに 年齢や経験交友関係などですごいって言われることがあるけど

正直 戸惑う。

「すごいの定義は何?」

すごいといわれた瞬間 あなたは私と友達になる気がないのかな?

または自分に自信がないのかな?と思う事がある。

私は 基本 誰かの事をすごいと思う事はない。

尊敬したり、かっこよかったり、素敵な生き方だと思う人は周りにたくさんいるけど

ひとくくりにすごいで片づけることはない。

言葉の意味をよく理解したら もしかしたら人によって

想いの差や誤解だったり食い違うことたくさんあるんだろうって思う。

 

人はみんな違っていいし、みんな素晴らしい、みんなすべての人に価値がある

と心の底から信じている私は すごいの定義がよくわからないのだ。

あなたって こういうところが素敵だよね、とか具体的に褒められるのは嬉しい。

 

その人が私という人間を理解しようとしてくれているのがわかるから。

若い人を「だってゆとりだもんね」とひっくるめて総称でよぶのが失礼なように

「すごい」というのも そんな感じに思えてしまうのだ。

一人一人 目を見て話したら 若い世代でも素敵な考えの人はたくさんいて

尊敬できる人もたくさんいる。ゆとりでまとめられた瞬間に 心を開かなくなるだろう。

すごいといわれた瞬間に「そういう類の人」のホルダーに識別するように・・

心が元気なバロメーター

今日は朝からとても気分が良かった素敵な日。

NPO関係でお世話になった方が 再婚すると聞いた。

お会いする前から 活動を信じて応援してくれた同志のような人。

昔から 男女関係なく 人間的に好きな人嫌いな人の区別がはっきりしている私。

その人は人間的に好きな人。

人に言えないような辛い経験や愛する人の死を乗り越えての再婚。

きっと天国の奥様も喜んでいるでしょう。

誰かの幸せを心から喜べるのは 心が元気な証拠。

本当に朝からいいご報告をありがとう(^_-)-☆

記憶のパズルをかけあわせて

 

ラインの誤作動をきっかけに 何十年ぶりに航空会社時代の友人とお茶をすることに・・

同じ会社ではないけど 航空会社のパーティで出会った彼女。

10数年ぶりの再会。

お互い 年賀状のやり取りはあったものの ほとんど近況もしらない。

ただ 十数年ぶりにあう彼女の笑顔は全く変わらず まるで最近

お茶をしたかのようなそんな笑顔でした。

 

私の近況を聴いた彼女からこんな一言が。

出会ったころ あなたに言われてずっと覚えていた言葉があるの。

そういってくれた彼女。

「私がコンプレックスを話した時 それを気にして一歩踏み出すのをあきらめちゃダメ。堂々と自信もって生きてって言ってくれたの覚えている?

今の活動や人との接し方を見るとあの頃から何も変わってなくて安心した(笑)」

 

私が彼女に伝えた言葉はきっと 自分へのメッセージ。国籍・学歴・収入・生い立ち

人はいろいろ比較したい生き物だけど 皆尊い存在なのだから

強く生きてっていう意味。そんなころから自分の信念があったのだとふと気が付く。

 

そしてお互いのあの頃の話をするうちに 私があの頃親しかった友人に

よく連れていってもらったお店の話題に。

ぼろぼろでほったて小屋のような居酒屋さんだけど まだ営業してることが判明。

「あの頃 〇〇さんも一緒にいたよね。今頃元気かな?」

紹介したことさえ覚えていない友人の名前が出て お互いの記憶をたどる。

まるでパズルのピースを掛け合わせるように・・

 

そのうれしさって なんて表現すればいいのだろう。

誰も知らないようなマイナーな曲や趣味を共有できた秘密の感覚。

 

どちらからともなく「今度あの店に行ってみようよ」

彼女との関係はきっとこれからも細く長く続くのだと確信した。